2016年(平成28年)6月28日(火曜日)の記事

【沖縄タイムス 新沖縄通信】 沖縄行、強い陽射しの下で…(鈴木 耕)

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沖縄が梅雨明けしたのは6月16日。私が那覇に着いたのは18日だった。まだ梅雨寒という感じの東京から、一気に真夏の南国へ。サングラスの奥で、目玉がグルグルしていた。

私の沖縄行、むろん翌19日の那覇市奥武山陸上競技場で行われる「元海兵隊員による残虐な蛮行を糾弾! 被害者を追悼し海兵隊の撤退を求める県民大会」に参加したいと思ったからだ。この長い大会名には「限界を超えた」憤りがそのまま示されていた。

我々は何に対して怒っているのか、何を求めて集まるのか、何に対しての抗議を掲げるのか…。

18日、那覇空港に着いた私は、すぐにレンタカーで恩納村に向かった。元米海兵隊員によって遺体が遺棄されたその現場は、本島中部の恩納村の県道14号線脇だった。わりと広い道路のすぐそばに、犯人によって深い考えもなく遺棄された20歳の若い女性。

到着したときはもう夕暮れ、たくさんの花束や慰霊の人形、せめてのどを潤してほしいとの願いからかペットボトルも多数、供えられていた。

しばらく現場に佇んだ後、帰ろうとするとバスが着いた。20人ほどの人たちが降り立ち、静かに手を合わせていた。その日の夜、ホテルで見たテレビニュースでは、こんな光景が途切れなく続いているという。悲しみと怒りと切なさが交差する、沖縄の道端…。

19日、大会開催時間は午後2時だが、私は12時過ぎにはもう会場にいた。どんな人たちが、どんな気持ちを抱えて参加するのか、それを聞いて確かめたかったからだ。

いろんな人に話を聞いた。たったひとりで読谷から参加した高校3年生のHくん。「担任の先生にいろんなことを教わって、それを自分の目で確かめようと参加しました」という。嘉手納基地爆音訴訟団の新垣さん(72歳)は「沖縄に基地がある限り、平穏な生活はできない。ジェット機の爆音がいかに普通の生活を破壊しているか。それもぜひ訴えたい」と、59名の仲間と一緒に参加したという。フランス人女性のエブリーヌさん(年齢は25歳にしといて、と陽気に笑った中年女性)は「読谷に2年ほど暮らしています。私たち外国人だって基地に反対だし、軍人の暴力は許せない」と、笑顔を消してキッパリ。

「沖縄ママの会の仲間と一緒に来ました」と言うのがSさん(31歳)。「子どものことを考えたら、いても立ってもいられませんでした。絶対に基地はいりません」と。

大会は、古謝美佐子さんの歌『童神』で始まった。続々と集まる人たちの波は途切れない。開会宣言の後、オール沖縄の会の共同代表のおひとり高里鈴代さんの被害者の父親からのメッセージ代読、そして同じ共同代表の稲嶺進氏(名護市長)、呉屋守将氏(金秀グループ会長)の挨拶と続いたが、素晴らしかったのは玉城愛さん(シールズ琉球、名桜大学4年生)のスピーチだった。

玉城さんは被害女性への追悼の言葉を涙で声を詰まらせながら語ったが、一瞬大きく息を吸い込んでから、決意したように話し始めた。

「安倍晋三さん、本土にお住いのみなさん、今回の事件の第二の加害者は誰か。あなたたちです。しっかり沖縄に向き合っていただけませんか。いつまで私たち県民はバカにされるのですか。再発防止や綱紀粛正などという使い古された幼稚で安易な提案は意味を持たず、軍隊の本質から目を逸らす貧相なものです。バラク・オバマさん、アメリカから日本を解放してください。

もしかしたら被害者は私だったかもしれない。私の友人だったかもしれない。信頼している社会に裏切られる。何か分からないものが私を潰そうとしてい

る感覚は、絶対に忘れない。彼女が奪われた時間の分、私たちはひとりの市民として誇り高く責任を持って生きていこう。もう絶対に繰り返さない…」言葉はたびたび、涙と嗚咽で途切れたけれど、玉城さんはその都度、息をのみ、顔を高く上げて話し続けた。会場に、玉城さんと同じ嗚咽が漏れる…。

私は、抗議大会や反対集会など、これまでも数多くの集会に参加して来たけれど、参加者がスピーチにシンクロして涙を流す光景にはお目にかかったことがない。それほどまでに、この大会は「彼女は私…」という思いを共有した人

たちの「限界を超えた怒り」の表出だった。

被害者を悼む黒い衣服の波が、玉城さんの言葉に同調して揺れる。私は、その美しくも異様な光景の前に、ただ立ち尽くしていた…。

よく20日、今度は辺野古へ向かった。キャンプシュワブのゲート前では、数十名の人たちが、強烈な陽射しを避けるテントの中で座り込んでいた。久しぶりに、山城博治さんにお会いした。「不屈」という言葉がいちばん似合う男。なんだか、あの揺れるポーランドのワレサ連帯議長を髣髴とさせる。

握手した手は、がっしりと力強かった。お元気だった。嬉しかった。

辺野古の浜へ降りてみた。風もなく、凪の海はひっそりと静かだった。工事中止の海は、こんなにもきれいで穏やかだ。この光景をこれから先もずっと望むのが、なぜ許されないのか、としみじみ思う…。

21日、本島南部糸満市の摩文仁の丘へ。

23日は「沖縄 慰霊の日」。あの沖縄での凄まじい地上戦が集結した日とされている。訪れた平和祈念公園では、安倍晋三首相も参列しての式典が行われるのだが、その日が近いこともあってか、沖縄戦全戦没者(国籍も年齢も関係なくすべての犠牲者)の、判明した限りの名前を刻んだ「平和の礎」には、多数の参拝者が訪れていた。

水を注ぎ、握り飯を供え、花を飾る。のどが渇いただろう、ひもじかっただろう、せめて花の美しさと香りを…。願いは戦後71年経っても変わらないのだ。

私も花とお線香を買った。誰とも知らない人の名前のもとに、そっと置いて帽子を脱ぎ、頭を垂れた…。

私の4日間の、沖縄の旅。

また行こう…。

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